目の前で空き缶を路上に捨てる人がいた、さあどうする

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シンジです。知人のFacebook-TLに流れてきた話題です。その方は、「空き缶を捨てた人に声かけすることにした。」が、その後、「缶を地面に叩きつける音が聞こえた。振り返ると、空き缶は潰れて転がっていて、その人はその場から立ち去っていた。」ということでした。みなさんはどうしますか?

価値観の違いってやつですかね

物事を善悪で考えたとして、ゴミのポイ捨ては悪だとします。それを正そうと善が働き、「声をかけた」わけですが、缶を捨てた本人は、善悪では無く普段の行動を取っただけなのかもしれません。人はみな善で動く生きものではありません。また、何が悪かを全て理解している人など居ません。もはや別次元の世界に住んでいる人と人が向き合った結果、こうなっただけなのかもしれません。

仕事でも同じですね

特にシンジは内部セキュリティや監査を多く担当している関係上、全ての人間を悪と想定して仕組みを組んでいく必要があります。性善説ではなく、性悪説で仕組みを構築するということです。言うのは簡単ですが、やるとえらい大変です。社員・本人にとっては悪だと思っていないことが、日常的に事件として扱われます。この悪の定義は、会社や組織によって様々ですし、周知されていないケースも多く、上司にとって悪であったとしても、多くの部下にとっては善では無くても「悪ですらない」事が多いのです。よかれと思ってやっていることが、悪だったりします。

だからぶつかる

同僚同士であったとしても、特に「仕事が出来る人」は、自分なりのポリシー、善を持って仕事に取り組んでいます。この善から外れている物は、全て悪として捉える人も居ます。たまに聞きませんか?「あいつは仕事が出来ないよね」って。それが正しいか間違っているかはさておき、この考え方で会社が回るかどうかを考えた方が結論は導きやすいはずです。

相手の考え・行動を考察する

今回のケースでは、赤の他人が行った行為についてどう対応するか、ですが、仕事においてはお客様や上司部下、同僚など、親しい関係を持った間柄の中で、日常的に善悪を判断しなければならないシチュエーションが起きます。組織や会社は一定のルールの上で動いています。「空き缶をポイ捨てするのは悪」という、社会的ルールがあったとして、これを是正させるにはかなりの工数が想定出来ます。仕事においては工数管理は大変重要で、是正するだけの価値があるのか、是正して得られる物はあるのか、誰が得するのかを判断しながら動いているわけですよね。

性悪説で仕組みは作れたとしても、性善説が無いと人間関係は築けない

結局必要なのは「コミュニケーション」だと思うんです。空き缶のケースは、コミュニケーションがほぼ皆無だったので、ぶつかってしまったように思います。仕事の上ではコミュニケーションを取る場面て、沢山ありますよね。

自分の考えを押しつけるのでは無く、相手の考えを許容して妥協点を探すか、相手を信用しきって任せてみる、結果を見て改めてコミュニケーションを取る。そうやって1つ1つ解決していくことも、ひとつの手法として大事な事なんだなぁと思ったTLでした。